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歴史の雑学6選

 

歴史の雑学6選

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マジは江戸時代から使われていた言葉だった

「本気」「真剣」「真面目」であることを意味する若者言葉である「マジ」。

大人たちは顔をしかめるかもしれないが、じつはこの言葉は意外と古い。

「まじめ」を略したものとして、江戸時代から使われていたのだ。

江戸時代後期の洒落本には、「気の毒そふなかほ付にてまじになり」とあり、意味も現在と同じ「真剣」である。

では、「まじめ」とは何に由来するかといえば、「正(まさ)しき目」が変化したという説、「まじまじと見る」から変化したという説などがある。

「まじまじ」はまばたきを意味する「まじろぐ」が変化したもので、まばたきをしながら真剣に集中するところから、「本気」「真剣」の意味に使われるようになった。

また、「真面目」という漢字は当て字で、明治時代ごろから使われるようになったもの。

もともと「しんめんもく」と読み、「そのもの本来のありさま」を意味する言葉。

意味が通じることから当てられた。

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メールを雑誌でよく見る(笑)は明治時代が起源

笑いを簡潔に表現する時に使う『(笑)』という記号は、メールや雑誌の記事などでよく使われる。

これは、最近のことではない。

はじまりは明治時代、演説の聴衆の反応を伝える際に、「拍手喝釆」「人々笑フ」などと書かれた。

大正時代になると、雑誌の対談記事などでより簡略化されて、『(笑声)』『(笑い)』という記述になり、やがて『(笑)』と表されるようになったのである。

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鬼平と遠山の金さんは、同じ家に住んでいた

時代劇『鬼平犯科帳』でおなじみの鬼平こと長谷川平蔵と、同じく時代劇『遠山の金さん』の遠山金四郎は、どちらも実在の人物。

二人が暮らしていた家は、じつは同じだった。

場所は東京都墨田区の菊川駅を出てすぐ。

しかし、一緒に住んできたというわけではなく、時期が少しずれている。

当初鬼平が住んでいた家に、鬼平の死後、金さんが引っ越してきたというわけだ。

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江戸時代にも100円ショップがあった

ありとあらゆる日用雑貨を100円均一で販売する100円ショップは、今や身近な存在である。

これは最近はじまったビジネスというわけではなく、じつは江戸時代にも似たような店が存在していた。

それは『十九文店』

『十九文均一』で日用雑貨、玩具、小道具などが売られていた。

当時蕎麦一杯の値段が十六文であったので、昼ご飯一回分程度の価値だったことになる。

江戸にやってきた田舎者が土産を買うために『十九文店』を訪れるのがよく見られた。

やがて、安物の代名詞ともなり、取るに足らないものを『十九文』と呼ぶようになった。

均一価格にして心理的に買いやすくする商売の手法は、今も昔も変わらない。

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江戸時代にもゲイバーがあった

江戸時代にゲイバーがあったと聞くと意外に思うかもしれない。

しかし、明治時代以前は、男色、つまり男性同士で性的関係を持つことは、社会的にも普通のこととされていた。

そうしたゲイバーが、陰間茶屋と呼ばれる男色専門の茶屋である。

陰間とは、もともと歌舞伎の女形の修行中で舞台に立だない少年のことで、男性と性的関係を持つことは女形としての修行の一環と考えられていた。

そのため、当初は陰間茶屋に芝居小屋が併設されていたのだが、次第に男色目的に特化したものが増えていく。

陰間の年齢は12~18歳くらいまでで、客層は僧侶を主とし、武士や一般人も利用したという。

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佐々木小次郎の年齢は50歳

佐々木小次郎といえば、剣豪・宮本武蔵と決闘した「巌流島の戦い」を誰もが思い浮かべるだろう。

小次郎は小説ではたいてい若き剣士として描かれることが多い。

これは関係者の没後に書かれた『二天記』に小次郎は決闘当時十九歳だったとされているためだ。

しかし、『二天記』のこの年齢表記には矛盾が指摘されている。

なぜなら、小次郎が剣豪・富田勢源の門徒だったと記されているのだが、そうなると、巌流島の戦いの時点で、五〇歳以上になっていないとつじつまが合わないのだ。

『二天記』の著者が「79」歳と書こうとしたところ、「19」歳と誤記してしまったのではないかという説もある。

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